PROFILE

2018/9/20 世界柔道選手権
女子48キロ級 優勝
@アゼルバイジャン・バクー

“ 史上最年少の世界女王 ”

ウクライナ/キエフ出身のダリア・ビロディドは、2018年9月21日現在、IJF(国際柔道連盟)世界ランキング3位で、可愛いさだけでなく、強さでも頭角を現している女子柔道家である。
常に一番でありたい、一番以外はビリと同じだと考えている。なお、柔道の方が、サンボよりずっとレベルが高くて世界に普及している競技なので、サンボには興味がないとも語っている。将来はスポーツジャーナリストになりたいこともあって、2017年にはキエフ大学へ入学した。
その美貌やスラリとした体型を買われていくつかのモデルエージェンシーから誘いもあったが、柔道に専念するために断ったという。

生年月日 / 2000年10月10日

身長 / 172cm

出身地 / キエフ(ウクライナ)

家族 / 父|ゲンナジー・ビロディド
(2005年世界選手権73kg級で3位)

職業 / 柔道家

階級 / 48kg級
⇒IJF世界ランキング:3位(2018/9/21現在)

得意技 / 大内刈、三角絞からの崩上四方固

主な戦績

【44kg級での戦績】
2015年 – ヨーロッパカデ 優勝
2015年 – 世界カデ 優勝

【48kg級での戦績】
2016年 – ヨーロッパカデ 優勝
2016年 – ヨーロッパジュニア 優勝
2017年 – ヨーロッパオープン・プラハ 優勝
2017年 – ヨーロッパ選手権 優勝
2017年 – グランプリ・フフホト 3位
2017年 – グランプリ・ハーグ 優勝
2018年 – グランプリ・チュニス 優勝
2018年 – グランドスラム・パリ 優勝
2018年 – グランドスラム・デュッセルドルフ 優勝
2018年 – ヨーロッパカップ・ツェリェ 優勝
2018年 – グランプリ・ザグレブ 優勝
2018年 – 世界選手権・アゼルバイジャン 優勝
(出典:JudoInside.com)

家族

父親は2005年の世界選手権73kg級で3位となったゲンナジー・ビロディド。ゲンナジー選手は2度も欧州チャンピオンに輝いたこともある。2000年のシドニーオリンピックでは9位、2004年のアテネオリンピックでは2回戦で惜しくも敗れしてしまい2008年の北京オリンピックでは7位とメダルには届かなかったもの3度もオリンピックに出場している。

母親はスヴェトラーナ・クズネツォワも元柔道家であり、現在は現役を引退し指導に専念している。両親がコーチを務め、大会では多くの場合、コーチ席に母親が付く。

当初、父親は娘に柔道をやらせたいとは思っていなかった。両親とも娘を体操選手にさせたいと思っていたこともあって、オクサナ・グツァイトの下で体操を習っていたが、グツァイトがテレビジャーナリストに本格的に転身してしまった。そのため、両親が稽古を積む柔道場に顔を見せるようになると、興味を抱いて柔道を始めることになった。6歳の時だった。子供の頃は男子ともケンカするなどして怖れられていた。8歳の時からはヨーロッパ各地の国際大会にも出場して活躍するようになった。

経歴

2015年にはヨーロッパカデ44kg級で優勝、そして17歳以下の世界一を決める大会である世界カデでは、準々決勝において、五十嵐莉子を指導2で破るなどして、今大会の優勝を飾った。 この優勝は、2011年に70kg超級で優勝した朝比奈沙羅に僅か3日及ばないだけの、史上2番目の若さとなる14歳299日であった。

2016年には階級を48kg級に上げると、ヨーロッパカデで2階級制覇、ヨーロッパジュニアでも優勝した。

そして、2017年ヨーロッパオープン・プラハでも初戦でブラジルの小山亜利沙を崩上四方固で破るなどして優勝し、同年のヨーロッパ選手権では、決勝でロシアのイリーナ・ドルゴワに指導2でリードされながら、GSに入った直後に払巻込で技ありを取って、優勝を飾った。 この優勝も、史上2番目の若さとなる16歳192日であり、1991年に61kg級で優勝したハンガリーのナギ・ジュジャの15歳197日に次ぐ記録である。しかし、同年の世界選手権では3回戦でカザフスタンのオトゴンツェツェグ・ガルバドラフに送襟絞で敗れた。この悔しさをバネに、グランプリ・ハーグでは決勝で世界選手権3位となったガルバドラフを、GSに入ってから小内刈の技ありで破ってIJFワールド柔道ツアー初優勝を飾った。

2018年に入っても、ダリア・ビロディドの勢いは止まらず、グランプリ・チュニスではオール一本勝ちで優勝。グランドスラム・パリでは2回戦でロンドンオリンピックの48kg級で優勝したブラジルのサラ・メネゼスに反則勝ち、準決勝では世界チャンピオンの渡名喜風南を大内刈で破ると、決勝でも韓国のカン・ユジョンを崩上四方固で破って優勝した。同年2月のグランドスラム・デュッセルドルフでも決勝でチェルノビツキを内股で破って優勝している。 7月のグランプリ・ザグレブでは、決勝でドルゴワに反則勝ちして、国際大会6連続優勝で25連勝を記録することになった。9月の世界選手権・アゼルバイジャンでは準々決勝で昨年敗れたガルバドラフを合技で破ると、準決勝ではリオデジャネイロオリンピック金メダリストであるアルゼンチンのパウラ・パレトを大内刈の技ありで破った。決勝では渡名喜を大内刈で破って、田村亮子の18歳27日を上回る史上最年少の17歳345日で世界チャンピオンに輝いた。ヨーロッパの選手がこの階級で優勝するのは1991年にフランスのセシル・ノバックが優勝して以来27年ぶりのこととなった。さらには、旧ソ連の女子選手で初めての世界チャンピオンともなった。